徳永水産
パリッと噛みやすく、口の中で柔らかい食感が広がる。そんな有明海苔の美味しさは、”宝の海”と呼ばれる有明海の恵みと、自然のサイクルに寄り添って生きる、海苔漁師たちの努力によって支えられています。お話をうかがったのは、佐賀県で海苔漁を営む徳永水産の徳永義昭さん。海苔漁に同行した羽田美智子が目にしたのは、海と人間が共存する姿でした。
自然のサイクルに人間が寄り添って、海苔は採れる。そんな漁師の苦労が詰まっているから、1枚1枚が宝物。
羽田 海苔って不思議ですよね。誰がこれを最初に作ったんだろう、この形にしようって考えたんだろう。子供の時は、まさか海から採れるなんて思わなくて(笑)。でも今回、実際に漁を見せて頂いて、海と人間が共存していることを実感しました。まさしく海の恵みですよね。
徳永 有明海は「宝の海」って言われてるんですよ。私達は、その有明海に生活させていただいている。本当にありがたいと思っています。
羽田 確かに、この海苔一枚がもう宝物ですよね。漁師さんたちの苦労や、昔の人の知恵と努力が詰まっているから、こんなに優しい味がするんでしょうね。ところで、いつも何時頃から海苔漁に出られているんですか?
徳永 大体、夜中の24時前後ですね。今日は夜中1時に漁に出ました。
羽田 真夜中じゃないですか!どうして、そんな時間に行くんですか?
徳永 海苔は日中に太陽の光を浴びて、細胞分裂を盛んに行っているんです。その時の海苔は「ぼーっとした海苔」といいますか、黒くない、曇った海苔になるんですよ。
羽田 「ぼーっとした海苔」ですか!
徳永 そうなんです。でも逆に夜は細胞分裂をしていないので、細胞が締まっている。だから色も真っ黒で、乾燥させても曇らない、甘くて口溶けの良い美味しい海苔が採れるんです。
羽田 へー。採るタイミングで全然味が変わるんですね!
徳永 あとは、潮の満ち引きも関係していますね。満潮と干潮が1日に2回ずつあるんですけど、満潮でも干潮でも仕事はできない。その途中のいちばん良い時に仕事をするので、漁に出る時間が毎日30分から1時間ずつ変わるんです。
羽田 潮の満ち引きにあわせて仕事をされているんですね!まさに、自然のサイクルに寄り添って生きていらっしゃるんですね。
まるで”霜降り”のような口溶けの良さ。有明海苔の美味しさには、潮の満ち引きが関係していた。
羽田 海苔の産地って全国にありますが、有明の海苔の特色はどういうところですか?
徳永 まず、干満の差が約6メートルもあるということですね。
羽田 6メートルもあるんですか?!
徳永 海苔網が海面より上に上がることを「干出(かんしゅつ)」と言うのですが、美味しい海苔を育てるには、この干出が重要なんですよ。満潮時は海の栄養分をたっぷり吸収して、干出によって太陽の光を浴びることで、口溶けの良い海苔が出来上がります。
羽田 なるほど。有明海の海苔の美味しさの秘密には、潮の満ち引きが関係してるんですね。
徳永 有明海の海苔の特徴は、柔らかくて美味しいこと。肉で例えると”霜降り”と言いますか。
羽田 ”霜降り”!まさしくですね!お味噌汁に入れたり、佃煮にしたり、お豆腐にかけても美味しかったり。巻いたり、焼いたり、色んな食べ方ができることも発見でした。
徳永 ただ、弱点もあるんですよ。あまりにも口溶けが良すぎるので、巻き寿司などは、長時間経つと溶けてしまうんです。
羽田 そっか、口溶けが良いから溶けちゃうんですね。
徳永 なので、巻き寿司やおにぎりに使う時は、食べる直前に巻くことをオススメします。
羽田 ところで、海苔が採れる期間は何月から何月までなんですか?
徳永 収穫ができるのは、11月から3月いっぱいまでですね。
羽田 収穫に向けて、いつ頃から準備されてるんですか?
徳永 収穫以外の期間は、ずっと準備をしていますね。8月までは道具の準備をして、9月くらいから海底に1本1本支柱を立てる作業が始まります。今年は台風が来て倒れて…そうなるとやり直し。この仕事は大変です。そして、10月になったら種付けをします。
羽田 そこからようやく、11月に収穫がスタートする。海苔漁って、本当に1年がかりなんですね。結構手作業な部分が多いんだなぁって感じました。やっぱり人間の手がかからないと、あの海苔にはならないんですね。
徳永 結局は、人間の手が一番ですね。
羽田 こうして1年がかりで作られた海苔が全国に届けられるって、どんな感じがするんですか?
徳永 全国とか、目に見えない範囲は想像つかないですけど…。とにかく「うまか海苔ば作りたか!」その一心でやっています。”うまか海苔”を作って、自分の好きな人たちに喜んでもらえることが一番嬉しいです。その為に一番大事にしているのは、海苔に対する愛情かな。
羽田 仲間が沢山いらっしゃるのも良いですよね。
徳永 そうですね。漁協組合のみんなと毎日暗い時間から顔を合わせて、寒い中漁に出ることで、仲間意識も生まれますし、自然と励ましあっているんだと思います。ただ、仲間と言っても、ライバルでもあるんですよ。皆がそれぞれに対して「負けないぞ」と思っているのが楽しい。「あの人より美味しい海苔を作るぞ」って前を向いていられるから、すごく仲間はありがたいですね。それによって、良い海苔がどんどん作られていきますし。
羽田 そういう関係性が、海の男たちを熱くさせているんですね!
海苔を作ることが、地球全体を考えるきっかけに。海苔が答えを出してくれる。
羽田 気象状況によっては、良くない年もあるんですよね。海がどういう状況だとベストなんですか?例えば、台風が無い方が良いとか。
徳永 いや、台風はあったほうが良いです。夏場の台風があって、海水温がある程度下がらないと駄目ですね。あとは、春から夏にかけて雨が降らないと駄目です。うちの組合では、山に木を植えているんですよ。
羽田 漁師の方たちが、山に植林をされているんですか!?
徳永 木の葉っぱが山肌に落ちて、腐葉土になる。その腐葉土の栄養分が有明海に流れてくると、良い海苔が作れるんです。そのために、自分たちで植林しているんです。
羽田 良い海苔を採るためには、海だけでなく山も大事。まさしく、自然の循環の中にあるんですね。最近では、日本全国で環境破壊が問題になっていますけど、有明海のまわりはいかがですか?
徳永 自分たちにとって無くてはならない存在として、筑後川があります。だけど、筑後大堰(ちくごおおぜき)が出来てからは、雨が少なくてダムの貯水量が落ちる時に、筑後川から水を取るようになりました。そうすると、水の流れがせき止められて、有明海の地肌に生息していた色んな生物が埋まっていく。だんだんと老廃物が積もって、その下で生活している貝類などが絶滅してしまいました。
羽田 最近の台風被害とかを見ていても、人工的に造った建物などが、結局災いを起こしている気がして。自分で自分の首を締めているなぁって、ここ数年感じています。
徳永 本当にそうですね。
羽田 結局、自然のままで色んな災害があるにしても、それで潰れた時の方が再生能力は早いんですよね。なんか、社会全体の取り組みの話にまでなっちゃいますけど…。やっぱり自然界のことって、大きく関わってますよね。
徳永 セメントのアクとかも、最終的には海に流れてくる。そうすると、海の中にはなかった何かが、海苔とか生物に影響を及ぼしているんですよ。
羽田 海苔を作ることで、地球全体のことを考えるきっかけにもなったりしますよね。海苔が答えを出してくれる。海苔が取れるうちは大丈夫だけど、海苔が取れなくなってきたら危険かもしれない。
徳永 このままだと、海苔が取れなくなる可能性も十分にありますよね。
「おいどんが、うまかと思ったとば出しよう」。
羽田 海苔は好きなんですけど、生産地とかをよく知らずに食べていて。今までは、それで十分満足していたんですよね。でも、有明の海苔が他と明らかに違うと感じたのは、パリッと細かく細分化していくところ。噛みやすい、溶けやすい。だから、すごく食べやすいし、柔らかい食感がなんとも言えないです。やっぱり美味しいなって思いました。
徳永 ありがとうございます。海苔には等級があるんですよ、海苔の格付けですね。等級が上に行けばいくほど、黒くて美味しい。いくら有明の海苔だと言っても、初摘み、二回摘みまでが美味しい。それ以降は、口溶けが悪くなっていく。”有明産の海苔”と堂々と言えるのは、初摘み、二回摘み…せめて三回摘みまでかな。
羽田 なるほど。等級が高い海苔を目指して作られているんですね。
徳永 そうですね。でも実際のところは、等級にとらわれず、おいどんが、うまかと思ったとば出しようとです。
羽田 はい?
德永陽一(息子) 父は「羽田甚商店さんには私が特に美味しいと思ったものを出しています」と言っています。私たちは初摘み海苔、つまりトップレベルの海苔をお届けしています。その中でも、実際に海苔漁師が食べて「本当に美味しい」と思ったものだけをお出ししているんです。
羽田 「おいどんが、うまかと思ったとば出しよう」。その言葉に限りますね!今日は本当に貴重な経験をさせていただいて、ありがとうございました。朝日が素晴らしかったです!
徳永陽一(息子) 今日は特に、朝日が大きく見えました。
徳永 やっぱり羽田さんが来てくれたから、有明海が迎えてくれたんだと思いますよ。