庄分酢
一子相伝の製法を代々受け継ぎ、300年にわたり酢造りを続けている「庄分酢」。後継者のみが知る伝統製法を守り続ける信念に惹かれ、福岡県大川市にある蔵を訪ねました。「良いものは大量生産できない」と語るのは、株式会社庄分酢の十四代目高橋一精さん。大正時代から受け継がれているという”秘伝”の巻物も特別に見せていただきました。
つーんとしない、晴れやかな清涼感。こんなくろ酢は味わったことがない!
羽田 なんだろう、この清涼感は。果実の酸味にも感じが似ていて、つーんとする酸っぱさが全く無いですね。サラッとしていて、だけど深みがあって。すごく上質で上品で、晴れやかな感じ。これは私が知っているくろ酢じゃない、初体験の味でした!
高橋 1年半じっくり寝かせているので、角が取れてまろやかな味になるんです。くろ酢にはアミノ酸や有機酸が豊富に含まれていて、栄養価がとても高いんですよ。
羽田 くろ酢って、上質なことはわかっているんだけど、料理にどう使ったら良いかわからないっていう方が多いんですよね。そういう人には、この「万能くろ酢たれ」を使ってみてほしい。私みたいに時間がない人でも、さっと簡単に、なおかつ上手に料理を作れちゃうんです。
高橋 万能調味料として、毎日の料理で手軽に使っていただければ嬉しいです。野菜炒め、煮魚、きんぴら…夏場は麺つゆとして使うのもオススメです。
羽田 わぁ、麺つゆとしても使えるんですね!私、「14代 生ぽん酢」もお気に入りなんです。柑橘の香りがたっていて、余計なものが一切入っていない感じ。
高橋 加熱してしまうと、どうしても味や香りが変わってしまうんですよね。できれば生でやってみたいという想いは、前々からあって。私たちだからこそ、できることだと思うんですよ。大きなメーカーさんだと全国に流通させるから、日持ちのためにどうしても加熱殺菌をさせないといけない。
羽田 香りをそのまま届けたい、という想いで作られたんですね。シンプルに湯豆腐に合わせても良いし、豚しゃぶとか、お肉料理に合わせてもヘルシーで美味しいです。
高橋 お刺身もいいですよ、柚子胡椒と一緒に。
羽田 それもいいですね!今度やってみよう。
一子相伝の秘伝のレシピから学んだのは、「本当に良いものは大量生産できない」ということ。
羽田 そもそもお酢って、どのようにして誕生したんですか?
高橋 お酢っていうのは、お酒に菌が働いて誕生したものなんですよ。酸っぱくて、お酒としては美味しくなくなってしまった状態のものを、料理に使ったのがお酢の始まりなんです。
羽田 お酢はお酒の副産物だったんですね。それは知らなかったです。
高橋 ヨーロッパでは、お酢を意味するのは「vinaigre(ビネーグル)」。「vin(ぶどう酒)」と「aigre(酸っぱい)」を合わせてできた言葉ですね。日本だと日本酒、つまり、お米から作ったお酒が酢になって「米酢」になった。だから”酢”という漢字は”お酒から作る”と書きますよね。
羽田 本当だ!”お酒から作る”から”酢”。まさしく、文字は体を表していますね。
高橋 うちは元々、三代目までお酒をつくっていたみたいです。四代目になって酢作りに変わったのが、1711年。それからずっとお酢一筋なので、308年間お酢を作り続けていることになりますね。
羽田 300年以上も!それは凄いですね。
高橋 何度も失敗を繰り返して、先代がようやく見つけた黒酢の作り方が、この巻物に記されています。
高橋 前文には「相続人より他、いかなる場合といえども、見すること無用のものなり」、つまり、「絶対に、相続人以外の人間に見せるな」と書いてあります。本当に苦労して、やっと見つけた方法だから、他には教えたくない。これに勝るノウハウは無いと思います。
羽田 これぞ秘伝のレシピ、家宝ですね。これは、いつ頃書かれたものなんですか?
高橋 「大正元年にこの割合を変えた」という一文があるので、大正以降に書き写したものだと思います。元々の原本もあるのですが、もう全然字が読めないので、これは書き写したものになります。
羽田 今もこの巻物に則って作られているんですか?
高橋 はい、ずっとこのやり方を続けていますね。
羽田 ええ!全然変えることなく?
高橋 そうですね、基本的な作り方は変えていないです。これが書かれた当時は、科学が発達していない時代なので、何もかもわからない中で苦労して見つけた答えなんです。なので、「アルコールが酢酸に変わる」みたいな理論ではなく、「何日目にどうしなさい」といったことしか書いていないんです。
羽田 なるほど。
高橋 そうすると、皆、素直に聞かないでしょ。「なんで?」っていう疑問があるから、ここに書いてあるやり方から外れようとするんですよ。楽をしようとして、結局失敗してしまう。
羽田 ああ、その気持ちわかります(笑)。
高橋 「こういう理由で、こういうことをしなくちゃいけないんだ」ということを、失敗してようやく理解する。例えば、くろ酢の甕の蓋には、和紙を使うんですよ。和紙だと面倒だからといってビニールを使うと、通気ができなくて、お酢が呼吸できなくなる。そういう意味があって、やっぱり和紙だったんだな、とか。
羽田 全部に意味があるんですね。そうやって、300年以上同じ味を保たれている。
高橋 300年前は、どこのお酢やさんも同じ作り方をしていたのですが、時代と共に大量生産に変わっていったんですよ。大量に早く醸造する方法を海外から導入して、それが主流になっていった。それが全国的に広まったので、地元のお酢屋さんはどんどん廃業していってしまったんです。
羽田 それでも、庄分酢さんは大量生産のやり方を選択されなかったんですね。
高橋 確かに、大量生産で早く作るとコストが下がるので、安く販売できます。だけど、ゆっくり作ったほうが、つーんとこない、まろやかな味になるんですよ。本当に良いものは大量生産できないんです。
羽田 「本当に良いものは大量生産できない」。その言葉の通りですね。
お酢づくり=菌を育てること!?木桶、梁、柱・・・蔵全体がお酢を美味しくしてくれる。
高橋 こうやって木桶を使って仕込みをしているところって、全国的にみても、ほとんど無いんですよ。
羽田 この木桶、すごく立派ですね!
高橋 これが20石なので、1.8リットルの一升瓶が2000本入ります。
羽田 ええ!!そんなに!万が一この木桶が割れたら、大変なことになっちゃいますね!
高橋 そうですね(笑)。木桶って、日本人が作った桶らしいんですけど、材料は杉なんです。釘とか接着剤とかが無い時代だから、ただ張り合わせて、竹の輪とかで縛って…これで漏れないのは、本当にすごい技術なんですよ。
羽田 それは大変な技術ですね。木桶職人さんも応援しなきゃならないです!
高橋 私達だけでなく、支えてくださる職人さんと両方でやっていかないといけない。木桶職人さんの技術も、伝えて育てていかないといけないですね。
羽田 こういう伝統文化って、日本も国として守っていくべきですよね。絶対に消えちゃいけないですよ、死活問題ですもの。
高橋 その通りです。私たちも木桶を必死に探していて、辞められた酒蔵さんから頂いてきたりもします。
羽田 それは新品じゃないものですよね?
高橋 中古品を頂いて、メンテナンスして使っているんです。ここの竹の輪を代えたりして、ほら。
羽田 すごい、釘とかを一本も使わずに…。私の先祖が宮大工だったんですけど、その時代の人たちの技術ですよね。
高橋 そうですね。私達が小さい頃は、この辺りも酒蔵が多かったので、職人さんが沢山いらっしゃったんです。でもそういう方たちの仕事がなくなって、今はいなくなってしまった。だから、木桶もタンクとかに代わっていきつつあるんです。
羽田 木桶とタンクだと、やはり全然違うものですか?
高橋 お酢に欠かせない微生物は、木に棲み着くんです。長い時間をかけて環境に合った木になって、ようやく菌が定着してくれる。だからこうやって、わざわざ古い蔵や木桶も大事にとっておくんです。タンクでは菌が定着しないですからね。
羽田 美味しいお酢に欠かせない菌は、蔵や木桶に棲み着いているんですね。
高橋 梁とか柱とか、木目の中にもお酢をつくる菌が棲み着いてくれている。「蔵付き菌」と言われています。つまり、新しい建物に変えてしまうと、長い年月かけて育てた菌がいなくなってしまうんです。
羽田 そうなんですね。蔵全体がお酢を美味しくしている。みんなで慈しみ育てて、応援している感じですね。
高橋 私たちの仕事は、お酢を作って販売しているだけでなく、菌を育てることでもあるんです。
苦手な人にこそ、伝えたい”お酢本来の味”。
高橋 お酢が苦手な人からは「つーんとくるから嫌だ」とよく言われるんですよ。お酢本来の良さを知る前に、嫌いになってしまう方が多いんです。そういった人たちにこそ、目で見て、匂いを嗅いで、口で味わって、お酢を身体全体で感じてもらいたい。そのために、このような蔵見学をやっているんです。
羽田 最初に口にした味が苦手で、嫌いになっちゃう人も多いですよね。本来の味である美味しいものを食べれば、きっと好きになるはずなんです。
高橋 店頭に並んでいる商品を見ても、なかなか違いってわからないじゃないですか。私達のようなところは、当然値段も少し高くなってしまう。
羽田 手間暇かかってますもんね。
高橋 安くて大量生産のものほど、全国的に広がっていってしまうんです。
羽田 それでお酢が苦手な人が増えるっていうのはちょっとね、本末転倒です。
高橋 昔からの伝統製法で作ったお酢の味を、皆さんに知ってもらいたいです。
羽田 私たちも、その想いを伝えられるように頑張ります!